下北沢B&Bにて、FlipboardのUXデザインも担当したクレイグ・モド氏による「出版・新聞・テレビさえも今の姿はあとわずか? O’Reilly Media刊『マニフェスト 本の未来』刊行記念」というイベントに参加してきました。
個人的に、FlipboardのシンプルなUIや、コンテンツとナビゲーションを一緒のものとして扱うシンプルさ、などクレイグ氏の発想に注目していたので、どんな話しが聴けるかと楽しみにしながら参加しました。
話しの軸は、前述の書籍に関連しながら
- 超小型出版
- 開かれたウェブ
- 破壊的なイノベーションはスタートアップから始まる
という3つのキーワードがあったのかな、と思います。
■超小型出版
「超小型」出版 – シンプルなツールとシステムを電子出版に
http://craigmod.com/journal/subcompact_publishing/ja/
Kindleでも読めます。
このエッセイの中で出てくる「超小型」というのは一つのキーワードだと思いました。
彼は「超小型宣言」として、以下の7点をあげています。
- 小さな発行サイズ (3〜7記事/号)
- 小さなファイルサイズ
- 電子書籍を意識した購読料
- 流動的な発行スケジュール
- スクロール(ページ割やページめくりといったページネーションは不要)
- 明快なナビゲーション
- HTML(系)ベース
- ウェブに開かれている
記事の内容をシンプルにしぼって行く事で、アプリケーション自体の設計やサービスの料金、データの汎用性に至るまで、マルチデバイスで容易に対応できるようになる、と説いています。
自身のデザインしたFlipboardの例をあげながら、「Flipboardで一番時間とコストを要したのは、フリップのインタラクションを開発する事だ」と言っており、アプリケーションをリッチにしすぎてしまうことにより、開発コストや工数の増大だけでなく、デバイスに依存してしまう懸念もあり、いいコンテンツが生まれてもそれを世の中に出すのに時間がかかってしまう、というわけです。
シンプルの例として「The Magazine」をあげていました。
http://the-magazine.org/
- 各号4〜5記事のみ
- 各号の大きさは数メガバイト以下。ダウンロードに数分や数時間かかる多くの電子雑誌とは違い、数秒でダウンロードできる
- 購読料は月1.99ドル
- ニューススタンド経由でプラットフォームへスムーズに配信される
- 出版は月2回
- ページネーションなしのアプリケーション
- 読み方は一貫していて、完全に直感的
- HTMLベース
マガジン自体の構造を極力ミニマルにすることで、スピーディにコンテンツ配信が可能になるし、デバイスをまたいだコンテンツ提供も容易になる。
しかも、アプリケーションのデザインもUI/構造ともにとてもシンプルにまとめることができ、それが使い勝手にもつながる、と説明しました。


- Flipboardプロジェクト:「フリップフロップ」 – デジタルーフィジカルを行き来する
フリップフロップとは、
フリップフロップ (FlipFlop) は二進法の基本である1ビットの情報を一時的に”0″または”1″の状態として保持する(記憶する)ことができる論理回路で、順序回路の基本要素である。
- wikipedia -
とありますが、クレイグ氏は「デジタルーフィジカルの間を自在に行き来する」という意味合いで使っていました。それが重要だと。
その事例として、自身が関わったFlipboardでのエピソードを披露してくれました。
クレイグ氏は創業者であるMike McCueの依頼でFlipboardの開発に14ヶ月の間、UX Designerとしてプロジェクトに参画しました。
FlipboardのUIですばらしいところは、
- ページをめくるインタラクション
- どんなコンテンツも写真+美麗なテキストでキレイに届けられる
- めくって、タップするというシンプルな操作
があると思っています。
Flipboardのプロジェクトは前述のとおり、「フリップのインタラクションを実現するのに最も期間とコストをかけた」と言われているくらい、そのインタラクションの心地よさに大半の時間が費やされました。
画面のUIパターンのプロトタイプ、タイプフェイスのグリッドシステム、画面遷移の検討、設計のフェーズだけでも相当な量の資料がやりとりされ、実装のフェーズではエンジニアが寝ずにgithubにコミットしつづけるというかなりデスマーチなプロジェクトだったそう。
クレイグ氏は、このプロジェクト印象的なものにするためにあることを計画したといいます。
それは、Blurbというプリントオンデマンドサービスを使って、プロジェクトを「本」として記録することでした。
・Blurb
http://www.blurb.com/
クレイグ氏はプロジェクト期間中に生み出されたすべての成果物
- UIプロトタイプ
- タイプフェイスのグリッドシステム
- 画面遷移図
- githubへのコミットリストとコメントの全量
- プロジェクト中のメンバーの写真(instagram)
を、300Pの大判書籍としてパッケージして、プロジェクトローンチのパーティでメンバーに渡したそうです。



「僕らは相当すごいことをした。でも、デジタルの上では一つのファイルも10000のファイルもフォルダで束ねてしまえば並列。量も深さもわからなかった。それを実感するために、本を作ったんだ。」とクレイグ氏は言っていました。
デジタルなプロダクトを作っているからこそ、フィジカルな手触りを実感する事が重要だし、こうして残すことで「捨てない限りは削除できない」記録となる。というのも大きいと思いました。
設計して、ソースコードをプログラミングして、gitにコミットして、app storeに申請、という機械的な流れの中に感情的な気持ちが入ってくることで、サービスやプロダクトに必ずいい影響が訪れると思いました。
■開かれたウェブ
開かれたウェブ、という言葉も印象的でした。
「ウェブって、もともとオープンなネットワークでしょ?」というのは誰もが思う事ですし。
でも、よく考えてみると、ウェブって「ネットワーク自体はオープンであるが、長い期間PCの中だけの世界に限定されていた」のだと気づきました。
ネットワークが開かれていてもそこにアクセスする手段が著しく乏しい期間が長かったのです。
でも、今はPC/スマホ/タブレットだけでなく、kindleのような電子書籍ビューワーでもHTML系の文書を表示できたり、Web系の技術でコンテンツをどこにでも容易に配信する事ができ、またそこへのアクセスも可能になっています。
コンテンツがシェアされたり、電子書籍ビューワでも閲覧可能だったり、どこでもその時に合ったコンテンツの楽しみ方ができる。
ようやく最近になって、ウェブはそのオープン性を発揮できるようになってきたんだな、と感じました。
だから、僕らのコンテンツ作りの発想もそのオープン性を考慮した物でなくてはならない、と思います。
■破壊的なイノベーションはスタートアップから始まる
クレイグ氏は、イノベーションの事例として以下の3つをあげていました。
・wattpad
http://www.wattpad.com/

読者と作者をつなぐ新しいストーリー共有コミュニティ。ユーザはストーリーを読んだり、投稿できたりする。
小さいストーリの集合知的なサービス。
それをPinterestにシェアしたり、モバイルでもよめたりする。
・Tokyo Otaku Mode
http://otakumode.com/

日本のスタートアップが仕掛けるオタクカルチャーのサイト。
この企業は、Facebookのみでファンとの交流を続け、ファン数をのばした。
シンプルに写真を投稿して、それにファンとインタラクションする、という活動を続けた。
そうして成功して、今はオウンドメディアを持つに至った。
・tapestry
http://tapestry.is/

オンラインで、スライドショーや紙芝居みたいなものが簡単に作れるサービス。
ビューワーで簡単にスライドを編集でき、パブリッシュしたコンテンツは即時にスマホやタブレットでも閲覧可能。
コンテンツ出版と、開かれたウェブへのパブリッシングがとてもスピーディに行える可能性を秘めている。
こうしたスタートアップにこそ、イノベーションの源泉が眠っているので、無視をしないようにする。
というメッセージが印象的でした。
■まとめると
今回のクレイグ氏の話しは、個人的にはすごく腹落ちする内容でした。
僕個人、コンテンツを「内容」と「データ構造」に分けて考えるべきであると思っていて、今回の超小型出版の話しはまさにその部分への示唆に富んでいました。
作りたい人には、ものを作って世界に「すぐに」発信できる場を、楽しみたいユーザには良質なコンテンツを「たくさん、そして探しやすく」出会わせる事。
この二つがこれからウェブの世界で情報を生んで、つきあって行くためのキーワードだと思っています。
そういう意味で、電子書籍に対する「超小型宣言」はとても挑戦的だけど、真理をついている、と感じました。
電子デバイスで「本(現実世界では本の体裁をとるコンテンツ)」を読むのに、本をめくるメタファーが必要か、ということがあります。
本をめくるメタファーが「次のページへ進む/戻る」という唯一のアフォーダンスでない限りは、それは不要と考えるのも割り切りだと思います。
本をめくる気持ちよさや心地は、本をめくることでしか体験ができない要素だと思います。
であれば、デジタルデバイスでの文章体験もデジタルでしか体験できないものであるべきです。
本は本でなければいけない、とかそういう呪縛めいたものからそろそろ脱却すべきかもしれません。
デバイスとコンテンツが不可分でないほうがいいかな、と思うのです。
ある単一のデバイスに完全にしぼる場合は別と思いますが、基本的には表示するデバイスやチャネルとコンテンツが持つデータ構造は分けて考えられたほうがいい、そしてコンテンツが持つデータ構造は極力シンプルなメタデータの集まり、文書構造にしておくのがいい、と思っています。
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